夏の夜が空けた。梅雨の過ぎ去った夏の青空は、どこまでも蒼く、そして吸い込まれるかの様に美しかった。
何の変哲もない、いつもと変わらぬ夏の青空。しかし、今の自分には例年とは違った新しい青空だ。
背中に羽の生えた少女を捜す。亡き母から託されたその言葉を頼りに、十数年の旅を続けて来た。他には何の手掛かりもない、ただその言葉を頼りにしただけの果て無き旅。
母はとうとう羽の生えた少女と出会うことが叶わず、この青空に旅立って行った。恐らく自分も母と同じく、少女に出会えぬまま生涯を終えるのであろう、今までそう思っていた。
しかし、相沢祐一という青年、そして月宮あゆというどこか母の面影を感じる少女との邂逅が、私に旅の目的を教えてくれた。
千年前、我が祖柳也を庇い空へと旅立った神奈という少女の救済。それが我が血統の者が代々受け継いで来た果たすべき旅の目的。
だが、状況が確実に好転した訳ではない。神奈という少女は、大地へと残りし柳也殿に出会う為、己の魂の一部を大地へと降ろしているという。その魂は何者かの魂と融合し、普通の人間として生き続けているという話だ。
しかし、その魂が融合した者が今何処にいるのかは誰も知らない。何処にいるか分からぬ者を捜すのだから、旅の困難さは変わらない。ただ、地図もなく見知らぬ荒野を歩き続けていた旅に、新たに地図が加わったに過ぎない。それも漠然とした世界地図を持ちながら全国を歩き回る様なものだ。
だが、それでも旅の目的がより明確になったことは、素直に喜べることだ。
(諦めなければ、必ず見つけ出せる。この太刀の様に……)
草加殿から手渡された草薙を太刀を除きこむ様に眺め、私は思った。この太刀は壇ノ浦の合戦で平家の手により海中に投げ捨てられてから今に至るまで、海中で眠り続けていた。
その太刀を私と祐一が出会った時から昨日までの数週間で発見したのだ。最新鋭の原水を用いたとはいえ、探し出すのは困難だったであろう。
だが、落ちている場所が漠然としか分かっていない中、見事草薙の太刀を発掘したのだ。自分もきっと神奈備命の魂と融合した人間を見つけ出してみせると、この太刀は自分を勇気付けてくれる。
(さて、どこへ行こう。この熱い夏の空を何処へ――) |
第二部「海ゆかば編」
旅の目的が明確になったからといって、旅の目的地が決まったわけではない。結局当てのない旅を続ける日常に舞い戻るだけだ。
しかし、がむしゃらに歩き続けていた所で、目的の人に会えるわけではない。今までは独断で旅を続けてきたが、少しは識者の助言をいただくのも悪くはないだろう。そう思い、私は祐一に連れられて再び遠野に赴くこととなった。
国道397号線を東に北上高地を走り抜け、遠野へと向かう。祐一の居候先である水瀬家を車で出て数分。今まで街が広がっていた風景は、突如として建物がまばらな山間地帯へと変化した。
一昨日は夜分の走行だった為気が付かなかったが、随分と面白いものだ。車でたった数分先に、今までと打って変わった空間が広がっているのだから。これが田舎の醍醐味というものなのだろう。
「しかし、随分とまた無駄に広い道だな」
国道なのだから相応の広さを誇っていても別段不思議ではないのだが、それにしても走っている車が少ない。視界に見える範囲で前後を走っている車はおらず、すれ違った対向車も山間部に入ってからは僅か2、3台だ。
「まったく、税金の無駄遣いもいい所だ」
私は定職に就かず旅を続ける身分なので、消費税などの間接税以外は払った試しがない。そんな私にこのようなことをいう資格はないかもしれないが、こんな田舎に立派な道路を建設するのは無駄としか言いようがない。
「そう思いますか、往人さん」
私の意見に異論があるのか、祐一が話しかけて来た。
「確かに過剰に道を作るのは税金の無駄遣いばかりか、自然環境保護の観点からも決して誉められる行為ではないでしょう。けど、そこに人がいる限り道は必要なものなんですよ。
例えば、今はネットワーク技術の進歩により、田舎にいても都会と変わらない物資を得られることができます。これからの時代、食料品などの生活必需品はともかく、娯楽用品などはネットで購入するようになり、地方に大規模な総合売り場を作る必要がなくなるかもしれません。
ですが、そういう時代になっても、やはり道は必要なものなのですよ」
「ほう、それは何故だ?」
「例に挙げたように、ネットワークの進歩により、あらゆる物をネットで買う時代が到来したとします。それにより必要以上に外に出る必要がなくなりました」
「そうなれば、余計に道は要らなくなるのではないか?」
「違いますよ。確かに今以上に外に出る必要はなくなります。ですが、ネットで購入した物は最終的にどのような手段で手元に届くんでしょう?」
「むっ!? それは……」
そこで私は気付いた。例えネットなる物で物を購入出来るようになったとしても、物資の輸送はしなければならないのだ。
「気付かれたようですね。つまりネットワーク技術がいかに発展しても、あらゆる物資を輸送しなければならないことに変わりはないんですよ。
いくらネット環境が充実していても、道のない所に物資は届かない。空路で輸送したとしても、やはり空港から届ける家までは陸路を使わなければならない。
物質を転送出来る技術でも開発されれば別ですが、そんなのは空想科学の域を出ないものでしょう。
つまり、いくら文明が発達しても、道が必要ではなくなる時代が来ることはまずあり得ないんです。
それに、これは一般的な話ですが、ある場所に向かおうと思った時、舗装さえされていない近道な山道と、舗装されている遠回りな道とどちらを使いたいと思います?」
「それは人それぞれだろう。私の場合よほどの悪路でない限り、近道な山道を選ぶであろうよ」
「う〜ん。ちょっと質問が悪かったですね。例えば、ある観光地があったとして、そこまで行く道が整備されていないのと整備されているのとはどっちがいい? ってことです」
「それならば整備されているに越したことはないだろう」
観光といっても例えば白神山地や屋久島などの自然環境を目玉とした観光地は、下手に人の手を加えるのは景観を著しく損なってしまうだろう。
しかし、そうではない何かしらの施設などを主とした観光地では、道が整備されている方が良いであろう。
「そういうことです。この不景気のご時世、どこの自治体だって地元に人が集まって資本が潤うことを望んでいる筈です。けど、一目につく施設を建設したりイベントを催したとしても、そこまでの交通の便が悪ければ、よほどの者好きでない限りそれらの場所に行こうとは思わない訳です。
だからこそ、例え田舎とはいえ地域活性化の為にも広く整備のされた道路は必要なんですよ。
それに、そこに道があれば、自然と街が発展することもあります。例えばこれから向かう遠野も、内陸部と沿岸部の中継地点的役割と担う形で発展したようなものです。
道というのは人と人を繋ぎ、あらゆる物の交流を担う文明社会で最も重要な物の一つなんですよ」
文明社会で最も重要な物の一つか。それは的を得ているかもしれない。例えば先程例に挙がったように内陸部と沿岸部との交流。この岩手のように山地を越えなければ交流を結べないような土地では、道がなくては交流もままならなかったであろう。
それに、シルクロードに代表されるように、道を伝い文明は伝わるのだ。海伝いで文明が伝わることもあるが、やはり道がなくては文明は隅々まで伝播しない。そういった観点から考察すれば、確かに道は文明社会で最も重要な物の一つであろう。
これから先も私は道を歩み続けることだろう。その歩き続ける道の先に、果たして旅の終着点は待っているのだろうか? いつか辿り着くゴールを目指し、私の旅は続く。
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「もう来たのか。もう少し遅く来るものだと思っていたんだが」
遠野博物館に着くと、カウンター越しで女史が出迎えてくれた。
「数日振りだな、聖女史。直也氏に会いに来たのだが、奥にでもいるのか?」
「ああ、それが……」
苦笑する女史に続き博物館の事務室へと入室する。入室してすぐに女史の苦笑の意味が分かった。
「ぐ〜〜」
呆れたことに、直也氏は事務室のソファーでいびきをかきながら眠りに就いていた。時間にしてまだ10時過ぎ、昼寝にはまだ早過ぎる時間帯だ。
「父さん! 鬼柳君達が来たぞ。早く起きるんだ!」
「う、う〜んそうか……。もう少しばかり夢に浸っていたい所だったが、鬼柳君達が来たとなれば起きるしかないな……」
眠り続けることに未練があるかの様に、直也氏はゆったりとソファーから起き出した。
「さて、何やら相談したいことがあるという話だったが……」
女史の注いでくれたコーヒーを飲みながら、直也氏が口を開き始めた。
「うむ。直也氏は宮内庁特別捜索隊の一員だったと聞く。当時どのような形で神奈様の魂と同化した人間を捜していたのか聞きたいのだが」
今までの自分の旅は、羽を持った少女を捜すというものだった。しかし、漠然とした旅の目的しかなかった時は、人を探すことよりも、代々伝えられた伝承の真相を知ることを重点に旅を続けて来た。
お陰で今、旅の目的はより明確にはなった。しかし、神奈様の魂と同化した人間を捜すことに関しては、今からその旅が始まるようようなものだ。よって、半世紀以上神奈様の魂と同化した人間を捜している組織の者に話を聞くのが賢明だろうと、私は直也氏に相談を持ちかけたのだった。
「ふむ。君も承知だろうが、神奈様がどのような形で魂を同化させているのか、同化された人間はどのような影響を受けているのか。それらはすべて仮説の域を出ないものだ。
だから私が話すのは今まで組織が行なって来た方法論で、その方法論を学べば、目的の人間を捜し出せるという訳じゃない。現に組織は捜し出せなかったのだから」
直也氏の話によれば、まず組織は神奈様の魂と同化した人間は、精神に何かしらの影響を受けているだろうという仮説を元に捜索を続けていたという。
「私は心理学は専門外なんで詳しいことは言えないが、例えば精神的影響というのは夢に現れることがあるだろう」
「夢?」
「ああ。夢というのは、時には人間の深層心理を映し出すものだ。例えば外見状は普通の人間だが、時折神奈様の記憶を夢で見るとか」
「ふむ。しかし夢を見るか否かで判断するのは困難であろう。一人一人のこのような夢を見るかと問い質す訳にもいかんだろう」
「そういうことだ。だから今の私の論は実践されなかった。基本的にはもっと分かり易い影響を出ていた人間を対象に捜索していた」
分かり易い影響とは、外見的に見ても精神障害者といえる人間や、妄想癖な人間ということだった。しかし、今まで調査した中ではそのような者の中に対象となる人間はいなかったそうだ。
「そもそもよくよく考えれば、この1億3千万人の中から特定の人間を、それも仮説の域を出ない手掛かりしかない人間を。対象となる人間はいつに生まれた人か、男か女かすらも分からない。それは年末ジャンボで3億円当てるより難しい行為だろう。
それに、必ずしも日本人に同化したとも限らない。恐らくは国内に住む者に同化したのだろうが、例えば同化した人間が観光で来日した外国人だったりしたら、手の付けようがない」
直也氏の話を聞けば聞くほど、自分の旅がいかに困難で終着点に辿り着けないかが分かる。この千年の間見つけ出せなかったのが納得がいく程だ。
「しかし、君には私達の組織にはなかった強力な武器がある。それがあれば希望は持ち続けられるだろう」
「強力な武器?」
直也氏の話によれば、それは私が代々受け継いだ、この古ぼけた人形のことらしい。過日語られた我が祖柳也曰く、この人形は、神奈様が柳也を模して繕った人形ということだった。
自分が想う人を模して繕った人形なのだから、人形に対する想いはかなりものだろう。もしかしたなら神奈様の魂が同化された人間は、その人形に対して特別な感情を抱くかもしれないと、直哉氏は語るのだった。
「つまり、自分で直接訊ねたりするのではなく、人形に特別な反応をする人間に声をかければ良いと?」
「ああ。その方法だと、普通の人間も自然に捜索の対象とすることが出来る。つまり、君は今まで通りの旅を続ければ良いだけだ」
結局、今までの繰り返しということか。しかし、普段何気なく繰り返していたこの人形劇が、実は捜索において重要な意味を持っているとは意外だった。いや、それを承知でこの人形が伝えられたのかもしれないが、少なくとも私は、飯の種くらいのものとしか認識していなかった。
「捜索の仕方は大分参考になった。次の問題はこれからどこに向かえば良いのかということだが、どこか適切な場所はないだろうか?」
「そうだな。基本的には日本全国を万遍無く旅をし、その要所要所で人形劇を行えば良いのだが。この遠野から向かうのなら、釜石なんかがいいだろう」
「釜石?」
「釜石には日本武尊が東征したという伝説が残っている。釜石の尾崎神社という神社には、日本武尊が使っていたと伝承される宝剣が神社のご神体として奉られている。
これは私が民俗学者だからいうのだが、日本神話に関する地を歩いてみるというのも悪くはないだろう」
釜石は遠野から車で約1時間。この間みちるを連れて赴いた海岸が、ちょうど釜石らしい。
「日本武尊伝説が伝わる地、釜石か……」
日本武尊伝説が伝わる地というのも魅力的だが、何よりあの時出会った少女、観鈴にまた会えるかもしれないという期待が大きい。
たった一度しか会ったことのない少女に惹かれる様に、私は釜石の街を目指す……。 |
第拾七話「鐵の街釜石へ」
国道287号線を東に釜石を目指す。遠野の街を過ぎ去ると、再び人家の疎らな山間部へと乗り出す。仙人トンネルという長いトンネルを抜け、坂道を一気に降る。その先にようやく町並みらしきものが徐々に見え始めて来た。
「この辺りでいいでしょう」
遠野を出立して約1時間、祐一の車が止まった。車の止まった所はJR釜石線釜石駅の駅前。駅の右手側には大きな煙突から大量の煙を流し続ける、港町には酷く不釣合いな建物が見える。祐一の話によれば、新日本製鉄という会社の釜石工場らしい。
「車の中でも言いましたけど、釜石には私の父の秘書をされている橘さんの家があります。こちらから橘さんに連絡しておきますので、宿泊などは橘さんの家を利用して下さい」
何でも祐一の父相沢隆一は衆議院議員らしく、公設、私設を合わせた秘書が5、6人はいるという。その中の一人、橘敬介なる男が何でもこの釜石出身の人間らしい。
「何から何まで世話になるな」
「いえいえ。それと、これを渡しておかなければなりませんね」
そう言い祐一が私に手渡したのは携帯電話だった。
「携帯電話?」
「ええ。何かあった時はこれで連絡して下さい。契約やらは私の方でしておきましたので、気軽に利用して下さい」
これから色々あるだろうから、連絡し易いようにとのことだった。正直、今までの自分の旅には、携帯電話など不要な物だった。誰も知っている者もいない立った一人の旅。そんな自分には無用の長物だと。
しかし、今の私はもう一人ではない。相沢祐一、月宮あゆといった、同じ約束の元結ばれたかけがえのない仲間がいるのだ。そんな今の私には、もう携帯電話は不要な物ではない。
正直、料金などを自分で払ってもいいのだが、収入が不安定な生活では払い続ける自信がない。祐一や佐祐理嬢は私に対する援助を惜しまないと言った。これは祐一の私に対する援助の一つだと、快く受け取っておこう。
「それと、これからどこに向かうつもりです」
「そうだな。確か釜石には橋上市場という有名な市場があったな。そこで早速人形劇を行いたいと思う」
「分かりました。夕方になりましたなら橘さんの娘さんを向かわせますので、その娘に従って橘廷に赴いて下さい」
「ほう、橘氏には娘がいるのか」
「ええ。観鈴というもう少しで17歳になる娘さんが」
「観鈴……っ!?」
その名を聞いた瞬間、私は運命的なものを感じた。同姓同名かもしれないが、その名は紛れもなくあの時浜辺で邂逅した少女の名だった。
「? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない……」
祐一に悟られまいと、私は咄嗟に冷静さを保とうとした。
「では私はこれで。何かあった時は気軽に連絡して下さいね」
「ああ。色々と本当に恩に着る」
祐一と別れ、私は橋上市場へと向かう。またあの観鈴に逢える、そう思うと自然と高揚感が溢れて来る。
まだ橘観鈴があの観鈴と確定した訳ではない。しかし、私は確かな確信を持ち、再び観鈴と出会えるのを楽しみに待ち続けるのだった。
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釜石駅から歩いてすぐの大渡橋に隣接する形で橋上市場はある。ここは日本で唯一の橋の上にある市場。その珍しさにこの市場を目的に訪れる観光客もいるくらいだ。
市場の中に入ると、そこは懐かしき昭和の時代が取り残されたような空間が広がっていた。昭和30〜40年代を思わせるような外観に、市場で交わされる商人達の掛声。それは総合スーパーなどでは決して見られない、昭和の商店街の様相だった。
「さてさて、お集まりの老若男女の諸君! この橋の上に存在せし不思議な市場に目をむいているようではまだ甘い! これから始まる我が劇は、ただの人形劇にあらず! 種も仕掛けもなき摩訶不思議なる人形劇ぞ!」
ある店の物にこの市場で人形劇を行いたいと頼み、所在を訊ねられ衆議院議員である祐一の父の知り合いだと語ったら、快く承諾してくれた。祐一の父は沿岸部出身の者らしく、この釜石市民の期待もそれなりに高いという。
ともかく、この釜石での私の初公演が始まった。役者は、千年も前から伝わるこの人形一体のみ。今の私はこの人形以外も容易に動かせ、金を稼ぐだけなら他の人形やおもちゃを取り混ぜ、盛大なものにした方が手っ取り早い。
しかし、今の私が人形劇を行う目的は、金を稼ぐことではない。神奈様の魂と同化した人間を捜し出すことだ。直也氏の語る特別な反応というのがどういうものかは分からないし、何より対象となる人間が特別な感情を抱くという保証はどこにもない。
だが、この行為が少しでも神奈様の魂と同化した人間を捜し出すことに繋がるなら、藁をもすがる思いで、ひたすら芸を続けるまでだ。それで見つからなくても良い。その時は母がそうしたように、遥か遠き日の約束を子孫に託すのみだ。
(子孫に託すか……)
子孫に託すということは、当然ながら子を作らなければならないということだ。私は父の顔を知らないが、こんな私にでも一応父はいる。約束を子孫に託す為には結婚し子を残すことが前提だ。
(こんな私にも見付かるのだろうか……。私の約束に想いを抱き、共に道を歩んで行く生涯の伴侶となるべく女性が……)
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人形劇を始めて3時間は経つ。この釜石に着いたのが1時辺りなので、そろそろ4時になるかならない辺りだ。まだ夕方とは呼べぬ時間帯ではあるが、そろそろ観鈴という少女が現れるのではないかと、妙な期待が高まって来る。
それにしても、何故私はこうまで観鈴という少女に惹かれるのだろう? ただ一度朝日の昇る海岸で邂逅しただけなのに。
それは観鈴の中に嘗ての自分を見出したからだろうか? あの屈託のない笑顔の奥に見え隠れした、どこか悲しげな表情に。
「んっ……えぐっ……ぐすっ……」
「!?」
その時、観客の声に嗚咽が混じっているのに気付いた。他の観客は物珍しそうに人形を眺めるか、歓喜の声をあげるかだ。それだけに酷く場違いな、違和感のある嗚咽に聞こえた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「観鈴っ!?」
嗚咽の声の正体は、紛れもなく観鈴だった。しかし、何をそんなに泣いているのか私には理解できなかった。
「わかんないんです……。往人さんの姿を見かけて急いで近付いて人形に目を向けたら……ひっく……何だか分からないけど、すごく懐かしくて……涙が……うっ……涙が止まらないんです……」
必死で泣くのを堪えようとし、腕で顔の涙を拭き取る観鈴。それでも観鈴の目から涙が流れることは止まらず、観鈴は何かを懐かしがる様に泣き続けるのだった。
それが私と観鈴の運命的とも言える再会だった――。
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…第拾七話完
※後書き
え〜、拾六話を掲載したのが平成14年の12月初旬なので、2年と3ヶ月余りの年月を経ての連載再開です(苦笑)。
少年誌の打ち切りエンドなノリで幕を終えた第一部ですが、「第一部完という名の完結」ではなく、ちゃんと二部の構想はしていたのですね。ただ、舞台となる街に取材しに行っていなかったり、過去編を書きたかったりなどして連載再開まで2年以上の間が空いてしまった訳です。
過去編は過去編の方で断筆しようかと思った時もありましたが、AIRのアニメ化を聞いて完結させなくちゃならないなと思い、根性で終わらせました。そしてその勢いで「たいき行」も完結に向かわせようと思った次第です。
やはり連載再開のキッカケは、前述の様にAIRのアニメ化ですね。TVアニメ板を見て原作の良さを改めて認識し、劇場板を見て「プロでもこれだけ原作を改変して上映したのだから、アマチュアの自分が改変してもまったく問題ないな」と勇気付けられ(笑)、連載再開に踏み切りました。
さて、ようやく観鈴ちんシナリオに入る訳ですが、最後に往人と観鈴が出会った橋上市場は、現在は廃止されてありません。舞台となった当時はまだ存在していたのですがね。私が取材に行った時も既に廃止された後で、橋上市場は想像で書きました。実物を見る機会があったなら、もう少し詳細に書けたのですがね。
それと、今の内に言っておきますが、基本的に観鈴ちんは「原作+劇場板」なイメージで描きたいと思います。巷では不評の劇場版ですが、出崎信者な自分は納得の行かない所はあるものの、あれはあれで良かったと思っておりますので。
とりあえず、拾九話辺りでは観鈴ちんにフィールドワークをさせたいと思っております(笑)。ただでさえ不評な劇場板ですから、劇場版のネタなんて誰もやらないだろうから、自分がやろうと(笑)。
まあ、共通しているのは「フィールドワーク」というネタだけで、中身は全然違う物になるでしょうけどね。 |
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